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「終戦記念日」は間違い&オリンピック開会式の福田首相&妻と子の里帰り [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 このBLOGを始めて2年と少々なのですが、毎年この時期になると書いている記事があります。

 古くからご覧下さっている方には重複する内容も多々あろうかと思いますが、一人でも多くの方に知っていただいていただきたいとの思いで、あえてまた『戦歿者を追悼し平和を祈念する日』(通称:終戦の日)の記事を書かせていただきます。

(後半で、オリンピック開会式での腹立たしい福田首相の振る舞い&中部国際空港からの妻と子のみの里帰りも...。)

 昨年、西名阪 香芝PAで撮った半旗

IMG_7442.jpg 妻と子のみの里帰り 


 よく、8月15日が「終戦記念日」と一般的に呼ばれています。

 数年前、様々な文献で確認したのですが「終戦記念日」なる呼称は存在しておらず、『戦歿者を追悼し平和を祈念する日』と言うのが正式な名称で、戦没者を悼む意味合いから国旗「日の丸」の半旗掲揚というのが正式な作法(当時の厚生省の通達も残っています)とされています。

 毎年この日は妻の実家への里帰りの帰宅日に重なることが多く、高速道路やサービスエリアの日の丸のほとんどは半旗となっており、TV等で紹介される様々な式典の国旗も半旗で掲揚されています。

半旗 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%8A%E6%97%97

終戦記念日 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%82%E6%88%A6%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5

(以下、Wikipediaから引用)
 8月15日は玉音放送の放送日にすぎなかったが、引揚者給付金等支給法(昭和32年法律第109号)は8月15日を終戦の基準とし、引揚者等に対する特別交付金の支給に関する法律(昭和42法律第114号)は8月15日を「終戦日」と呼んでいる。1963年5月14日の閣議決定により同年から8月15日に政府主催で全国戦没者追悼式が行われるようになり、1965年からは東京都千代田区の
日本武道館で開催された。1982年4月13日、8月15日を「戦歿者を追悼し平和を祈念する日」とすることが閣議決定された。現在ではこの閣議決定に基づいて毎年8月15日に全国戦没者追悼式が行われている。

 例年この日は靖国神社が様々な喧噪に包まれる日でもあり、特に近年参拝者も増えていると聞いています。

 多くの参拝者の気持ちはそうではないと思っていますが、私は「日本の当時の正当性を表すシンボリックな日」でも、「反戦運動に気炎を上げる日」でもなく、純粋に「後の時代に生きる私たちのために戦う思いを持ち戦没された諸先輩方を純粋に追悼する日」であって欲しいと思っています。

 私の母方の祖父は、終戦の年にフィリピンで戦没されたようです。

 子供の頃敬愛する大叔父から何度も聞かされてきたのは、「次の時代を生きるお前やお母さんのために自ら進んで戦った立派な人だった」ということで、今の自分の誇りの源泉にもなっています。

 我が家以外にも当然そんな方達が日本中に沢山いらっしゃったはずですし、またその方達を送り出したのは国家云々以前に直接的には地域社会の方達で、偶々生き残った方、戦没された方と分かれたに過ぎません。

 私の住む高浜市の春日神社には「靖国神社遙拝所」がありますし、日本中の多くの神社には「護国神社」の祠が地域社会の手によって作られ守り続けているはずです。

 また、各県にはそれぞれの護国神社があります。

 8月15日というと、やもするとイデオロギー的に非常にシンボリックな日と捉えられがちですが、純粋に今を生きる私たちのために戦没された方達を悼む気持ちで、これらへの参拝というのがもう少し見直されても良いように思います。

 ともすると『情』の観点が置き忘れられつつあるような気すらしますので...。

 8月15日に某インターで日の丸の半旗
http://kawaraya-taisei.blog.so-net.ne.jp/2006-08-18

「終戦の日」の国旗は、「半旗」が作法。(正式呼称は『戦歿者を追悼し平和を祈念する日』:「終戦記念日」ではありません!)
http://kawaraya-taisei.blog.so-net.ne.jp/2007-08-11

地元神社の靖国神社遙拝所続報&護国神社の祠(初詣)
http://kawaraya-taisei.blog.so-net.ne.jp/2007-01-05

地元の神社の靖国神社遙拝所
http://kawaraya-taisei.blog.so-net.ne.jp/2006-06-24

 


「オリンピック開会式での福田首相」 

 先日北京オリンピックが開幕となりました。

 あえて記事にしようとは思っていませんでしたが、私の知る限りどなたもこの観点に触れられていらっしゃらないようなので、私が感じた福田首相の腹立たしい振る舞いについて書かせていただきます。

 

 北京オリンピック開会式での選手団入場の際のことです。

 開会式に招かれた他国の国家元首は、自国の選手団入場の際には当然のことのように起立し自国の選手達に手を振ってエールを送っていました。

 しかし我が国の福田首相のみは、着座のままふんぞり返って選手団を眺めるといった風情で、北京まで来て日の丸の元に戦う選手団に対する「情」というものが全く感じられません。

 あのお方は何のために北京にまで行ったのか?と、無性に腹立たしい気持ちになりました。

 普通の日本人でそこに居合わせたのなら、自国への情で普通の人でもすることが出来ない首相。

 首脳外交も確かに大切なのかもしれませんが、それ以前に首相として当然行わねばならないことが出来ないようでは、話にも何もなりません。

 愛国心を子供に教える云々以前の問題と感じ情けなくなりました。

 

 できれば下にURLを貼った記事を読んでいただきたいのですが、私は基本的に外交や様々な政治決断は結果をもって判断すべきモノで途中経過で判断できないという考え方を持っています。

 

 様々な意見が福田内閣についてネット上でも触れられてはいますが 、その意味でまだ判断を下すべき段階ではないと考えていました。

 しかしこの映像を見て、福田首相を日本を背負った信頼のおける政治家と考えることが出来なくなりました。

 かといって某野党は党利党略と批判に明け暮れ、とても信頼できる政党とは私には考えられません。

 日本の混迷は深まるばかりなのでしょうか?

時事評論は難しい!?(六カ国協議:柳沢発言問題)
http://kawaraya-taisei.blog.so-net.ne.jp/2007-02-21

大東亜戦争が正式名称との政府答弁書(安倍首相もなかなかやります:NATO演説・河野談話見直し)2/23追記有
http://kawaraya-taisei.blog.so-net.ne.jp/2007-02-22

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「妻と子のみの里帰り」 

 うちの会社の休日は8月10日から17日だったのですが、11日12日とどうしても外せない仕事が入ったことで、今回初めて妻と子のみが先に山陰の妻の実家に飛行機で里帰りしました。

 その様子&中部国際空港(別名:セントレア)を写真で紹介します。

IMG_7442.jpg 中部国際空港(セントレア)

IMG_7466.jpg 乗るのは噂のボンバルディア機

 今回は、妻一人が乳飲み子を含む三人の子供を連れての里帰りで、座席を便利な位置で確保しておきたかったので17:30の出発であるにもかかわらず昼過ぎにはセントレアに入り、チェックイン後子供達と空港内の探検に出かけました。 

 やはり飛行機を見ると子供達は興奮しますね。

 特に3歳の長男「立夏」は、飛行機の発着を乱すとテコでも動きませんし、空港内でも面白そうなモノを見つけると直ぐに夢中になります。

IMG_7439.jpg 飛行機に乗れるからとはしゃぐ子供

IMG_7440.jpg 空港内の店舗は嬉しいことに瓦葺き

IMG_7446.jpg IMG_7444.jpg トライスターのコックピットがありました 

 3時間半ほど子供達と空港内を歩き回り、無事米子空港まで飛んでいきました。

 到着後の妻の話だと、飛行機の中でも子供達は興奮して盛んに歓声を上げていたようです。

 私はこの記事のUP後、我が愛する家族を迎えに車で走っていきます...。

 

(おまけ:セントレアの瓦の庭園)

IMG_7434.jpg 瓦の庭園

IMG_7435.jpg IMG_7437.jpg IMG_7437-1.jpg
   瓦はこんな使い方がしてあります

中部国際空港  セントレア
http://www.centrair.jp/

中部国際空港

 

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STEALTH

終戦記念日(コノ表現でいいのかどうかはいつも疑問ですけど)、戦争のことに思いをはせること=歴史の肯定=右側の思想、じゃないんですよね。
肯定し賛美することは出来ないが、感謝の心は忘れてはならないと毎年思います。

福田さん、色々言葉にしてくれますけど、かれに一番足りなく感じるのはこの感謝の心ではないかと。
by STEALTH (2008-08-14 07:11) 

スミッチ

いろいろな人がいろいろなことを言って、本当に重要なことが見えなくなっているのかもしれませんね。
by スミッチ (2008-08-14 12:09) 

とりのさとZ

保阪正康氏の本、どれでもお読みになること、お勧めします。

セントレア・中部国際空港へは一度だけ見学に行きましたけど、往復・駐車代だけでも1000円かかって、大変でした。

ご家族の帰省旅行、ごくろうさまでしたね。


by とりのさとZ (2008-08-14 20:32) 

kappa

小さい子供さんを連れての飛行機・・・
座席の大きいスーパーシートが便利なのですが、小型機にはありませんし、機内で赤ちゃんが泣いたり、子供さんが大声を出したりして周りに迷惑がかからないよう、奥様は気を遣われたと思います。
ともあれ、無事到着して何よりでした。
by kappa (2008-08-15 00:31) 

nina

開会式は私も観ていました。
福田総理の態度に、腹立たしいというか「あれが日本の総理大臣か・・・」と情けない思いで観ていました。
奥様の方は笑顔で手を振ってらっしゃったのに。
他にもニュースなどを観ている限り、福田総理は「日本(というか日本国民)」に興味がないんじゃないかと疑わしくなる事があります。

PS.事後報告で申し訳ありませんが、たいせいさんの「矜持」という記事にトラックバックさせていただきました。
by nina (2008-08-15 01:46) 

mike

「終戦」という言葉に、ごまかしのような曖昧さを感じています。
残念ながら、事実を素直に言葉にすると「敗戦」です。

事実に目をそむけて、後に伝えるのは、なにか違うように思えます。

「太平洋戦争」もしかり。
なんで自分の国で決めた「大東亜戦争」と呼べなのでしょうか?

イデオロギーでなく、事実を伝える率直な報道。
人の気持ちを素直に伝える目安としての日。
自分の親戚のお墓参りにイデオロギーは別ですよね。

情緒を重んじていきたいです。

by mike (2008-08-15 13:24) 

浜松自宅カフェ

歴史に疎い自分にはとても参考になる記事でした。
言われてみれば『終戦記念日』と言うのも何か変と言うか違和感を
感じるようになりました。
オリンピックの開会式は観れなかったのですが、そんなことがあった
のですか?
録画してあるので観てみますね!
by 浜松自宅カフェ (2008-08-16 00:33) 

たいせい

 STEALTHさん、昔「終戦記念日」という言葉に初めて違和感を感じた頃はもっと単純に、「負けたのに何故記念日なのだろうか?」と言うことだったのですが、自分なりに勉強するようになってからは人と話すのに意図しない誤解を与えたくないとの思いで、「終戦の日」との呼称で呼ぶことが多くなりました。
 人と人とが織りなす連綿と繋がる歴史と言うことを考えた場合、特に近現代史について強く感じるのが、今を生きる私達自身が全く関係のないところで起きたことででも有るかのように語られていることに違和感を感じて、私自身は今に至っています。
 実際に大東亜戦争を戦ったのは、私たちの祖父母でありその時代の地域社会を構成した諸先輩方で、それのその方達の思いは「後世を生きる私たちのため」であったことが忘れ去られてしまっています。
 後の時代を生きている私たちは、ある意味神の視点を持って過去に起こったことや決断を批判することが出来ますが、歴史を紐解いてその時代に自分が居たとして考えた場合に、当時の方々以上の判断が私に出来た自信はありません。
 いわゆるA級戦犯と言われている方々に関しても、指導者としての結果責任(あるいは道義的な責任)を負う必要はあったにしても、それは私利私欲のためにしたことではなく、いわゆる靖国神社の合祀問題が議論されるのが私には良く理解できません。
(結局、民衆は戦争指導者に騙されて戦わされただけで国民自身は関係ないという価値観が蔓延しているせいなのでしょうが...。:少なくともうちの祖父は、騙されて結果として戦死したという無知な人でも哀れな人でもなく、誇りを持って戦った素晴らしい人だったと聞いています。)
 いわゆる靖国問題に於いて本来議論されるべきは、イデオロギーとかではなく、そうした「情」の観点ではないのか?と言うことを不満に思いここ数年間、8月15日を迎える度に感じ続けています。

 福田首相についても、今回のオリンピック開会式で、根本的にこの「情」の「観点の欠如した方だとの感想を持ちました。

 nice! &コメント、ありがとうございました!
by たいせい (2008-08-19 09:03) 

たいせい

 スミッチさん、複雑な政治判断が必要な事柄や、様々な価値判断の基準が錯綜する場合も当然政治家にはあり、裏の事情を知らないと評価が出来ないことが多いであろうと、これまで福田首相に関して批判的なことは極力話してこなかったし記事でも書いたことはなかったと思いますが、今回の件に関しては全くそんな事例ではなく、福田首相の心根が読めたように思い、腹立たしくて仕方ありませんでした。
(オリンピック開会式への出席も、皇族が行かなくとも済むように、自ら身を挺して防衛戦をはった可能性もあると言うところまで考えていました)
 日本の首相としては不的確だと感じました。

 nice! &コメント、ありがとうございました!
by たいせい (2008-08-19 09:12) 

たいせい

 とりのさとZさん、保阪正康氏も含めてこの時期を書いた本は様々な人のものを読み自分なりに勉強してきているつもりでいます。(賛同できる部分も賛同できない部分もあります。)
 それぞれの本は、著者の立場や考え方によって同じ事件についても評価の仕方は天と地ほども違い、これに関して自分の考え方は別に持ってはいますがこの記事で私が書きたかったのはそうしたイデオロギー的な部分を離れた「情」の観点についてです。
 一世代二世代前の私たちの身の回りの方々が当事者であり、その方々を如何に遇するかという見方が靖国問題について一番欠けている論点だと思われて仕方ありません。
 その部分をきちんと認識しておかないと、今の私たちが現在の歴史を作っており、次の世代に少しでも素晴らしい日本を引き継ぐ責任があるという気概も生まれようがないと感じています。

 nice! &コメント、ありがとうございました!
by たいせい (2008-08-19 09:23) 

たいせい

 kappaさん、米子に到着後子供達と電話で話をしたらやはり大興奮状態で、私が迎えに行った際にも「飛行機で帰ろうよー♪」の声が盛んに聞かれていました。
 中部国際空港のゲートまでは私が送り、米子空港のゲートには義父・義母がお迎えに行ってくださり、妻にとっては車で大渋滞の中蹴るよりも何倍も楽だったと言っていました。
 当初子供達の大騒ぎを心配していたのですが、案ずるより生むが易で大丈夫だったようです。

 nice! &コメント、ありがとうございました!
by たいせい (2008-08-19 10:12) 

たいせい

 ninaさん、福田首相の夫人についても私には着座のまま手を振りながらはしゃいでいるとしか私には感じられませんでした。
 報道によると、福田首相は選手団に対して「せいぜいがんばりなさい」と、何ともはや力の入らないコメントをされたとか聞きました。
 一国の代表である首相としての振る舞いが出来ないのであれば、早急に辞職して欲しいと考えるようになりました。

 nice! &コメント、ありがとうございました!

PS.
 英霊来世の「矜持」。
 どうしても聞きたくなり、私もまた何度か聞きました。
 「九段」はやはり泣けますし、襟を正して諸先輩方への敬意を払わずにはいられません。
 TBもありがとうございました。

PS2.
 妻はしかめっ面になるのですが、うちの子供達は車に乗ると「日本の歌が聴きたい」(矜持)、「おじいちゃん・お婆ちゃんの歌を聞かせて」(昭和)、などと言う筋金入りに育ちつつあります。
(私としては、連綿と培われた「命の繋がり」を教えておきたいという意味で聞かせたのですが)
by たいせい (2008-08-19 10:13) 

たいせい

 mikeさん、大東亜戦争という呼称については自分なりに様々な勉強をするようになって、日本にとって当時最大の課題は日清日露の両戦役以来一貫してソ連の南下で、太平洋での戦闘は本来の国家としての大命題から考えると本来の線状ではなかったのかもしれぬと感じるようになってきました。(戦闘の悲惨さについて否定するつもりはありませんし、資源確保が必要でやむにやまれぬ戦いでは有ったと思っています。:満州について勉強する家庭でそう感じるようになりました。)
 また米英の圧力と戦う過程で、単に太平洋ではなく欧米の植民地の民族自決主義を刺激する「大東亜共栄圏」(大アジア)の旗印をあげていた経緯から鑑みても、日本としてはやはり「大東亜戦争」と言うのが、本来の呼称だと私も思っています。
(アメリカは太平洋しか眼中になく、太平洋でしか戦っていませんので矮小化した「太平洋戦争」という呼称を使いたがるのは理解できますが...。:結果としてアメリカにとって日本が力を失うことで、共産勢力と直接対峙しなくてはならなくなり、日本が何をしていたのかは戦後初めて認識して戸惑った節さえ見受けられます。)

 「情」の視点や、祖父母世代からの伝承は、非常に大切なことだと思っています。
 マスコミなどから流れる情報は、現実に起こっている一次情報ではなく一旦フィルターに掛かった二次情報や三次情報でそのまま鵜呑みにすると大変なことになり、自分たち自身が直接接触できる「伝承」などの一次情報を元に情報の精度を確認しなくてはならないと感じています。
 私の場合は、既に亡くなってしまいましたが大叔父という「伝承者」のおかげで、多面的な判断の元を与えていただくことが出来たわけですが、まだ当事者が生き残っている今のうちに、出来るだけ多くの方の声を聞き、自分の子供達に伝えていきたいものです。
 大切なのは歴史的な事は全て身の回りで起こっていたことだと考えられるように成ることだと思っているのですが...。

 nice! &コメント、ありがとうございます!
 ややいただいたコメントの趣旨とずれてしまったように思いますが、お許し下さい。
by たいせい (2008-08-19 10:14) 

たいせい

 浜松自宅カフェさん、私の場合は記事中に紹介させていただいた大伯父のおかげで小学校以降の日本史の教育に違和感を感じ、自分なりに納得したいとの思いで歴史を調べるようになり、以後引き込まれてしまいました。
 特に自分の子供が出来てからは、自分が伝えられたことを自分の子供に伝える責任が有るように感じ様々なことを意識するようになって、地元の神社に日清戦争や日露戦争の戦捷碑や、戦友会の灯籠を見つけたり、三ヶ根スカイラインの山頂付近にいわゆるA級戦犯が祀られた殉国七士廟を発見したり、実際に地域の方々が戦前・戦中・戦後に関して当時どんな係わり方をされてきたのかがモノの形でも様々に残っていることを知るようになりました。
 そうやって多面的に捉えるように意識すると、様々な発見があります。

 nice! &コメント、ありがとうございます!
by たいせい (2008-08-19 10:26) 

こう

 送り迎えお疲れ様です。
 8月15日に、まずは我が国のために命を落とした方々に対して敬意を表して欲しいですよね。自分の事しか考えていないように見えるとガッカリします。
 私の母方の祖父は人差し指を一本失ったのですが、そういった小さな犠牲も国のためだったと思うとありがたいです。
by こう (2008-08-19 12:46) 

アキラ

御盆休み前から忙しく、記事のUPもままならず、なかなかお訪ね出来ませんでした。済みません。
福田首相・・・ちょっとけしからんと思いましたね~
英国などは女王陛下も起立していらっしゃったのに。
その後の報道では、「せいぜい頑張って」が問題になっているようですね。
首相の肩を持つ訳ではありませんが、「せいぜい」は「一生懸命」と言う意味ですが、人が言う「いい加減に」等の意味はありません。
まぁ、目立つ方は「態度も言葉遣いも」注意が必要と言うことなのでしょう。
その点私などは、言いたいことをブログで言えて、幸せ七日も知れませんね~~^^;
by アキラ (2008-08-19 15:58) 

tono

TBありがとうございました。
 私は15日には、福岡縣護國神社に追悼参拝に行きました。
 記事↓にも書きましたが、みたままつりの最中ながら、昼間と言うこともあり、粛々と(途中、全国戦没者追悼式の中継に合わせ)進みました。
 宰相が国の英霊の祭られる場所に参拝すらしないと言うのは、国と言えるのでしょうか?
 いつも騒ぎになること自体が、空しく、情けなくなりますね。
http://tonogodz.blog70.fc2.com/blog-entry-306.html
by tono (2008-08-19 16:04) 

練馬のんべ

おつかれさま。
のんべは「敗戦の日」と思っています。「記念」なんて嫌。無念の日。
by 練馬のんべ (2008-08-19 21:33) 

robita

TBありがとうございました。
大成さんのSTEALTHさんへのお返事の中、「実際に大東亜戦争を戦ったのは・・・・・私には良く理解できません。」、共感いたします。

by robita (2008-08-20 11:18) 

わかって建築家

瓦の使い方 外構ですが、なかなか参考になりますね。

瓦の可能性とテクスチュアとしての使い方を何か思いつきたいですね!
by わかって建築家 (2008-08-20 14:23) 

たいせい

 こうさん、現実に戦争を経験された方達(戦場に行かれた側、送り出された側を含めて)が矍鑠としていらっしゃった頃は反対派の集会などはあったもののまだ節度があったように思いますが、実際に現場を経験していらっしゃらない方達が社会の中枢に出るようになってから、妙にシンボリックな日になってしまったように感じています。

 従軍された方達の書いたモノを読むと、戦場と言えどもそこには日常があり悲喜こもごもがあり、普段の生活と同様な人間関係があったのだと思い、ハッとすることがあります。
 決して日常からかけ離れた中に戦場があったわけではなく、日々の生活の延長線だったと言うことを考えら場合に、今を安穏と生きる自分に祖父や当時の諸先輩方と同じ行動が出来る自信が無く、素晴らしい方達の大いなる犠牲の下に現在があると思う度に、身が引き締まる思いがします。
 どうかこの日は、イデオローギーや思想にかかわらず、そう言った先人の思いに敬意を表す日であって欲しいです。
 その方達のおかげで、今の私たちや日本があるのですから...。

 nice! &コメント、ありがとうございました!

PS.
 こうさんの祖父にせようちの祖父にせよ、あるいは無事に家族の元に帰ることが出来た方達にせよ、大多数の方達の意識はよく言われているように無理矢理赤紙一枚で戦場に送り込まれたわけではないと思います。
 そうでなければ、当時世界一と言われた日本軍の規律など成り立つものではありません。
by たいせい (2008-08-21 09:13) 

たいせい

 アキラさん、仮にどんな状況にあったとしても社員の労をねぎらうことが出来ない社長は失格だし、今回の福田首相の行動についてもやはり納得することが出来ずにいます。
 記事中にも書きましたが、経営者や政治家は結果責任であり途中経過についてはあれこれと忖度すべきではないとの思いがあり、現在の政治状況の中でご苦労されていらっしゃると、むしろ同情的に見ていました。
(途中の批判に負けずに目的のために進むための力量は、当然必要ですが。)
 政治家という、有る意味「人気商売」をしていらっしゃる方の行動としては、やはり役割を演じることが出来ない方だと感じるようになりました。

 コメント、ありがとうございます!
by たいせい (2008-08-21 09:24) 

たいせい

 tonoさん、一度8月15日の愛知県護国神社に行ってみたいと思っていますが、なかなか果たせずにいます。(県庁などに用事がある際、不定期に参拝させていただくことがありますが、いつもひっそりとしています。)
 妙にシンボリックな日として8月15日を捉えられて様々な活動をしていらっしゃる方々は、葬式の日に故人の批判を繰り返す「礼」を知らない人たちだと思われて仕方ありません。

 コメント &TB、ありがとうございます!
by たいせい (2008-08-21 09:29) 

たいせい

 練馬のんべさん、私も一時「敗戦残念日」等と言っていたことがありますが、地元の様々な地積を巡り戦没された祖父や、当時の地域の方達のことを考えることで等身大の自分の身の回りで実際に起こったことだと感じるようになり、やはり「戦没者を悼む日」と言うのが適当な表記だと今は思っています。
(意図しない誤解を与えたくはないので、この記事などでは「終戦の日」をあえて使っていますが...。)

 もっと静かに、粛々と過ぎるこの日であって欲しいです。
 コメント、ありがとうございました!
by たいせい (2008-08-21 09:38) 

たいせい

 robitaさん、戦争を実施に経験された方達がどんどん鬼籍に入られ少なくなった頃から、より一層この日がシンボリックな日と捉えられるようになったと感じています。
 これは今の政治や社会状況に対する批判主体で参加される方達と相通じるものがあるように思うのですが、自分自身と国家なり地域社会の距離が意識の上で極端に長くなり、自分自身とは関係のないところで全てが決まり動いているという参加意識の欠如がもたらしているように考えるようになりました。
(貧乏人でも努力すれば国や地域社会に貢献できるという部分や、国や地域社会への参加意識は明らかに落ちているのでは?)
 そうした現在の感覚で当時を振り返れば、戦場に赤紙一枚で無理矢理送り込まれたのでしょうし、一部国家指導層の悪意で戦争が勝手に始められたと言うことになるのでしょうが、当時は今よりも聡い方々が多く、簡単に騙され思うがままに踊らされたとは私には到底考えることが出来ません。
 当時の時代の空気は当時実際にそこで生きていた人にしか解らず、必然性があったとしか思えずにいます。
 そうして各職域の中で戦い結果的に戦没された方達を、生き残った者や後世に生かされた私たちが然るべき遇することが出来ない今の雰囲気を見るにつけ悲しくなってしまいます。

 コメント、ありがとうございました!
by たいせい (2008-08-21 09:53) 

たいせい

 わかって建築家さん、ガーデニングや外構での瓦の使用例の写真を徐々に集め始めています。
 近日中に紹介したいと思っていますので、宜しくお願いいたします。

 nice! &コメント、ありがとうございました!

PS.
 外構用の長さが短く、深く掘らずとも断面を簡単に見せられる施工しやすい瓦も市販されています。
 これらもその記事では紹介したいと思っています。
by たいせい (2008-08-21 09:58) 

わかって建築家

とうとうオリンピック終わりましたね・・・・・・

なんだかとても寂しい気がしますが、お祭りなので、いつか終わりがきますね。

さまざまな問題を抱えた今回のオリンピック・・・・・
はたして日本で 東京でやれるのか?

自分は、やりたくても選ばれない気がしてなりません。

リオデジャネイロじゃないかと思っていますが・・・・・
by わかって建築家 (2008-08-25 08:46) 

たいせい

 わかって建築家さん、私にとって今回のオリンピック最大の印象は女子ソフトボールでした。
 脂ぎった野球に比べて彼女たちの黙々とプレーする姿や爽やかさに心を奪われました。
 コメントでの「日の丸を一番高いところに掲げたかった」の声や、君が代を大きな口で歌う姿にも心を洗われました。

 ただ彼女たちにとっての日本は、国家や政府としての日本ではなく、自分達を代表として送り出してくれた、もっと大きな「日本」に対しての思いだとは思いますが、普段ソフトボールに触れることがない日本人である私の心に響きました。

 私は愛知県民ですので名古屋オリンピック誘致の失敗がトラウマになっていますが、東京でまた開かれると良いですね。
 コメント、ありがとうございました!
by たいせい (2008-08-28 14:30) 

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