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劇団四季「アイーダ名古屋公演」を観てきました(辛口です。ごめんなさい!?) [芝居見物記]

 久々の観劇レポートです。

(レポート記事を書いていない間も「ブラックコメディ」をはじめ幾つか芝居は観ていますが、取り上げるほどのモチベーションを感じられず今回に至っていました。)

 

 さて一昨日の6月10日、鬼嫁と一緒に名古屋心ミュージカル劇場で「アイーダ」を観てきました。

 

劇団四季 ステージガイド アイーダ
http://www.shiki.gr.jp/applause/aida/index.html

 

 今回の観劇では、観劇後の感想が鬼嫁と私と大きく異なり自分でもまだ良く整理できていませんが、時間が経つと雰囲気を忘れてしまうと思い記事を書かせていただきます。

(率直な私の印象で、辛口ですので、読みたくない方はご遠慮下さい。)

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劇団四季「エビータ」を観てきました!(鬼嫁と一緒に仲良く...??) [芝居見物記]

 例によって子供を託児に預けて、劇団四季「エビータ」名古屋公演を観てきました。

劇団四季 ステージガイド エビータ
http://www.shiki.gr.jp/applause/evita/index.html

 

 「エビータ」と初めて出会ったのは二十数年前。

 ミュージカルは、森重久弥の「屋根の上のバイオリン弾き」などの台詞と歌で進行する芝居か、「ウエストサイドストーリー」ぐらいしか観たことの無かった私にとって、この作品は衝撃的でした。

 「何よりもメロディがとてつもなく美しい!」
 「前編の大半がほとんど歌で進行してゆくにも関わらず、舞台の進行が流れるように自然」で、ひたすらため息が出たのをいまだに覚えています。
(アンドリュー・ロイド・ウエバーという作曲家を覚え、洋物のレコードやCDを探し回りました。)

 

 正直言って今回の公演には、それほど多くの期待をしていませんでした。

 昔感動した芝居をリバイバルでまた観ても、ほとんどが古くさく感じられて、最初に観たときほどの感動が得られたことはこれまで有りませんでしたので....。


 しかし、今回の「エビータ」は、良い意味で期待を大きく裏切られました

 「圧倒的な音楽の力!!」
 「人が演じる芝居の進行を全く妨げない、シンプルな舞台装置!!」
 「その広い舞台で繰り広げられる、迫力満タンのダンスシーン!!」

 新演出で、振り付けも加藤敬二が手を入れたとは聞いていましたが、まさかこれほどの物だとは思いませんでした。

 

 特に群衆シーンなどは圧巻で、音楽のリズムに応じて迫力有る演技が眼前に展開され、正に息をのむとはこのことでした。

 群衆シーンと言えば昔宝塚歌劇を観たことがありますが、宝塚の場合は役者が経験を積んでいない若年層で、女性のみと言うこともあり、私にはマスゲームのような「無機的」な感じしか受けることが出来ませんでしたが(良く訓練されていると感心しましたが!?)、
四季の場合は、アンサンブルの一人一人に役作りがキチンと行われているのか、群衆一人一人の個性が垣間見られ、「重層的な迫力」の源になっているように思います。

 四季以上の「群衆シーン」は、観たことがありません!
(と言っても、最近四季以外の舞台は観てませんので、余り偉そうなことは言えませんが....。)

 近くに座っていた方達の、思わず息をのむ「ゴクン♪」という音が、聞こえたような気すらしました。

 

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3歳長女とミュージカル「夢から醒めた夢」を観てきました(もちろん鬼嫁も...。) [芝居見物記]

 永のご無沙汰、本当に面目ありません。
 今しばらくは慌ただしい状況が続き、更新は途切れがちになるかもしれませんが、無理のないペースで続けてゆきますので、ご容赦ください。

 

 さて、一昨日 鬼嫁と3歳の長女を連れてミュージカル『夢から醒めた夢』を見てきました。

 

 

 実は長女は初の観劇、
臆病な子なので客席が暗くなったり、大音響の音楽を耳にしたとたんに泣き出すおそれがあるのではないか?、長時間座り続けることは出来るのだろうか?と思い、少しでもならしておこうと何年か前に衛星放送で放映された『夢から醒めた夢』のビデオを何ヶ月か前から何度も見せ、車に乗る際にはCDを聞かせてよく慣らせた上での観劇でした。


 劇場に着くなり予想外の反応
「とーちゃん、げきじょうだよねぇ~♪」と、目を輝かせるではありませんか!


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三島由紀夫「鹿鳴館」を観てきました! [芝居見物記]

 先週一週間東北方面を出張していて、BLOGの更新が出来ず、「目指せ、週一回の更新!」を果たすことが出来ず、申し訳ありませんでした。
 
 出張期間中瓦業界について多少思うことが出来ましたので、そのうち(出来れば2~3日中)UPさせていただきますが、今回は一昨日観劇した三島由紀夫の「鹿鳴館」について書かせていただきます。

  
 
 ここのところミュージカルの観劇が相次いで、台詞だけで進行する芝居を観るのは数年前の「ハムレット」以来でした。

(決して劇団四季の舞台にこだわっているつもりはないのですが、観たいと思える芝居が名古屋に来なくなったせいもあるかもしれませんが、昔のように沢山の芝居を観て「珠玉の宝石」を探すような作業が出来なくなってしまいました。:とりあえず四季の芝居は当たり外れがそれほどありませんので、結果として四季の芝居ばかり観に行く羽目になっています。)

 
  とあるMLなどを読んでいて、あらかじめ戯曲に目を通して筋立てを頭に入れておかなければ楽しめないのではないかとの不安も持っていましたが、先の読めない物語の進行を十二分に楽しむことが出来、私の場合はむしろ読まないで観に行って良かったと思いました。

(よく考えてみると「鹿鳴館」は原作の芝居化ではなく、芝居を構成するために書かれた「戯曲」なので舞台を観れば十分理解が出来るはずであり、「戯曲」を読まねば理解できないのであれば、それは作品としては失敗作ではないか?などと浅知恵を働かせたこともあります。:本音を言うと、本は買ったのですが読む時間がありませんでした)
 
 
 その時の「ハムレット」と比べて今回思ったのは、「日本語」の心地よさでした。
 物語としての論理構成(筋書きや心の動きなど)の複雑さはおそらく同程度なのでしょうけれども、「台詞(セリフ)」のみで淡々と進められる進行は、日本語で発想されて、はじめから日本語のみで作られている芝居である「鹿鳴館」のほうが、遙かに自分の心にマッチし、優れた物のように感じられました。

 思うに「ハムレット」も、英語を母国語とする人たちや英国の文化や習慣に日常的に接している人たちならば、文化を共有するものとして、深いところを感覚的に感じることが出来るのでしょうけれども、いかんせん日本人である私が観る分には翻訳劇になる訳で、言葉以外の思考法や空気感の点でシェークスピアが本来伝えようとしたことの数分の一しか伝わっていないのでは?と思えてしまいました。
 
  
 
 劇団四季と言えば、「CATS」「ライオンキング」などの輸入物のミュージカル劇団とのイメージがあるかもしれませんが、「鹿鳴館」は名古屋に先立つ東京公演では当初の予想(私だけかも?)に反して延長に次ぐ延長でロングラン公演の体をなし、その余韻を引きずった形での素晴らしい舞台でした。
 
 
 やはり三島由紀夫の作品でもあり、独自の世界観と美意識に裏打ちされた独自の「格調」を感じる事が出来、いわゆる「純文学」の世界の映像化がそこにはありました。
 
 今の私と言語・文化・習俗を共有する優れた作家・作品の存在は、貴重な物で自分にとってたとえようのないほど幸せなことだとあらためて気がつき、久々に純文学の本に触れたくもなっています。
(最近は、評論やノンフィクション・ドキュメンタリー・エッセイなんかばかりを読んでいて、気がつけば20年くらい、そんな本を読んでいません....。)
 

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ミュージカル「南十字星」を見てきました。 [芝居見物記]

昨日、時折落ちる雨の中ミュージカル「南十字星」を観て参りました。

 「南十字星」は、一昨年の初演の際に東京で一度観ており(知る人ぞ知る"Nさん"&鬼嫁と3人で)、その時の感想は初演でもあり舞台自身のリファインが余り進んでおらずやや消化不良気味の舞台だとは感じましたが、「インドネシアテイストの独特な音楽&ダンス」そして「大東亜戦争を扱ったものとしては先に明かりも見える舞台設定(オランダの植民地であったものが、戦後独立を果たします)」に大きく可能性を感じました。

 前回の初演観劇から2年が過ぎ、物語としての洗練度が進んで「良い芝居」になっているで有ろう事を期待して昨日に望んだのですが、正直言って期待はずれでした。

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劇団四季「昭和三部作」(李香蘭・異国の丘・南十字星)名古屋公演 [芝居見物記]

 今、新名古屋ミュージカル劇場で劇団四季の昭和三部作(「李香蘭」「異国の丘」「南十字星」)の連続上演をやっています。
 これらは、劇団四季の浅利慶太氏が自分の経験した大東亜戦争を、事の善悪は別にかつて自分たちが経験した事実として、今の若者たちや、それに続く子どもたちに伝えなければならないという強い思いによって制作されたもので、いろいろな場で次のように語られています。

「三作を創るに当って念頭に置いたのは、終結から六十年を経た今、戦争の深い傷が、日本の社会から忘れ去られようとしていることである。特に戦後生まれの若い年代には、最も重要な「日本の歴史」のこの部分を知らない人が多い。戦争を、左側は「侵略」として東京裁判史観に基づき、全てを悪と片付ける。右側は「止むに止まれぬ歴史の流れ」と発想する。しかし問題は、愚かさと狂気に捉えられたその「戦争の実相」である。多くの人は「戦争」を遠い過去のものと考えている。本当にそうなのか。」

「あの悲劇を語り継ぐ責任が我々にはあると思う。戦争で死んでいった圧倒的な数の兵たち、戦後無辜の罪に問われ死を迎えざるを得なかった軍人たち、一発の原子爆弾、一夜の無差別空襲で命を奪われた数えきれぬ市民たちは、みな我々の兄姉、父母の世代である。今日我々を包みこむ「平和」は、あの人たちの悲しみの果てに齎(もたら)された。」

「哀悼と挽歌は、我々の手で奏でなければならない。」

 戦争の是非についてはここで議論はしませんが、大東亜戦争は自分の父母、そして祖父母が経験した事実として、もっと身近に感じ、自分自身が等身大の姿を子どもたちにも語り伝えなければならないことで有るように思われてなりません。

語り継ぐ日本の歴史:浅利慶太-劇団四季HP
http://www.shiki.gr.jp/applause/ikoku/rekishi.html

 さて、すでに観た「ミュージカル李香蘭」と「ミュージカル異国の丘」の劇評です。

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