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「昭和の日」 町内に「日の丸」を掲げた家を見つけました!(旗日には日の丸を掲げよう) [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 昨日天気が良くて、1歳の長男:立夏(明日で2歳)と近所を散歩していて、我が家から直線距離にして50mほどしか離れていない近所に、「日の丸」を掲げた家をみつけました。

 我が家の日の丸

 

 昨日はゴールデンウィーク初日の「昭和の日」

 我が家でも、昨年初節句の長男に「日本の男の子」という原風景を残そうと祝祭日の「日の丸」掲揚を始めた事もあり、昨日も子供達と一緒に早朝「日の丸」を掲げ、子供達から「とーちゃん、日の丸カッコイイよね~♪」との声も聞かれ悦に入っていた、その日でもありました。

blog山本大成 「かわら屋の雑記帳」旗日には、日の丸を掲げねば!(屋根には瓦、庭には鯉のぼり、旗日には日の丸) 
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2006-06-19

 

 その家の「日の丸」は、我が家とは違いかなり年季の入ったもので、我が家のようにごく最近掲げるようになったものとは格が違っていました。
(個人宅が特定できるので写真が紹介できないのが残念です)

 

 「みどりの日」が「昭和の日」へと変わり、取って付けたような意味不明の祝祭日から、本来あるべき名称へと変更されたのも嬉しいのですが、我が家以外にも近所で旗日の「日の丸」を発見できたのがなにやら嬉しく、心地よい休日を過ごすことが出来ました!

blog山本大成 「かわら屋の雑記帳」「国民の祝日」って国民のもの?(勤労感謝の日に思う) 
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2006-11-23

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昨日「鯉のぼり」をあげました。(屋根には瓦、庭には鯉のぼり、旗日には日の丸) [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 昨日、「鯉のぼり」をあげました。

 
 昨日は曇りだったので、昨年の写真です

 思えばこのBLOGを私が書こうと思った切っ掛けは、「屋根には瓦、庭には鯉のぼり、旗日には日の丸を掲げよう!」と一人で息巻いて、自分の子供に日本の男の子という感じを少しでも伝えたいと、昨年の4月から鯉のぼりをあげだしたことに端を発します。

(右とか左とかの理念めいた話ではなく、自分自身が育った子供時代の原風景を、自分の子供に残したいと感じた事による物です。)


山本大成 「かわら屋の雑記帳」旗日には、日の丸を掲げねば!(屋根には瓦、庭には鯉のぼり、旗日には日の丸)
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2006-06-19

 

 私が考えているのは、一人の大人としてもっとも大切なことは、「理念や理屈をガチャガチャ言うこと」ではなく、「自分に出来ることを、自分の範疇と責任で、一つ一つ実行すること」だと言うことに尽き、

 その思いから実行したのが、一人でも出来る想国運動「旗日には国旗を掲げよう!」であったり、「自分の子育てをどう実践するか?」や、今やっている「高浜市議会議員選挙 公開アンケートだったりするわけです。

 

 よく言われているのは、「批判は誰にでも出来る。プレーヤーになろう!」と言うことで、改めて考えると私のような「何の背景もなく、何の力も持たない者」でも実践できることは実に多岐多様にわたっています。

 (前に記事で書きましたが、4年前に県議選や解散総選挙に共合う衆議院選挙で公開討論会を実現できたのは、何の背景もない一人の主婦が、独力で衆議院の公開討論会を実現した事例があるという事実でした。)


山本大成 「かわら屋の雑記帳」地縁・血縁・ドブ板選挙は嫌!(自分で出来ることを、自分でしよう!)
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2006-08-12

山本大成 「かわら屋の雑記帳」高浜市議会議員選挙「公開アンケート」、キックオフしました。統一地方選挙:公開討論会)
 
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2007-03-16

 

 自分自身がBLOGを開いてこの世界に参加して思うのは、批評記事が多すぎること。

 知られていない一次情報がちりばめられているBLOGや、独自の切り口・考え方が紹介されているBLOGなど素晴らしいものも本当に多くありますが、インターネットの匿名性の中で、自らは安全地帯に身を隠した言いっぱなし記事の多さに辟易とすることも多々あります。

 

 「諦めからは行動は生まれませんし、何の変化も起こりません!」

 「何の力もない個人でも、取れる行動は意外なほどに多くあります!」

 

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改正の手続きを定めてないのは憲法違反(違憲状態)ではないのか!? [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 前に憲法改正について記事を書いたこともあり、余り騒がしくない国会の休会中に記事を書いておこうと思っていました。(時事問題として受け取られるのが嫌だったので...。)
次の国会の会期が近づいてきたのと、この件については年頭の安倍首相の発言以来騒がしくなってきましたので、今の内に記事にしておきます。
 このBLOGにはそぐわないかもしれませんが、お許しください。

 前に書いたのは、
「憲法に書いてあるから△△は出来ない」「憲法に書いてあるから□□は出来る」という論法は本来おかしく、「国民の意思が○○だから、憲法に書いた」というのが本来の姿であり、
神棚から降ろして「国民のもの」にしなければならないと書かせていただきました。

(①「自衛隊も持ってはいけない旨を憲法で明記する」「国民の私有財産を認めず共産主義を国是とする」という改憲論も当然あり得る、②違憲判決が出たら立法府を起点とする一連の粛々とした手続きにより国民の意思を問うのが本筋ではないか?、③現憲法は「大日本帝国憲法(昭和21年度改訂版)」が正式名称ではないのか?:実はよく解っていません、などいろいろ書かせていただいていますので、是非そちらの記事も読んでいただければと思います)

山本大成 「かわら屋の雑記帳」「憲法改正」について思う事
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2006-07-29

 

 さて今回触れたいのは、前国会から検討が始まった憲法改正の手続き法、「国民投票法案」についてです。

 

 本来、憲法の改正というのは、日本国憲法 第9章96条「憲法改正の手続き」で明確に規定されており、現在の手続き法が無く条文の発動が出来ない状況は、明確な「違憲状態」あたります。

 これは、解釈の違いで揺れている9条に対する問題どころの話ではなく、憲法の発動を行うことが出来ないという実に由々しき事態ではありませんか!

 これについては、いわゆる護憲勢力こそ党利党略のご都合主義で「護憲」を言っているのでなければ、この状況を憂い、国会での議論を引っ張って行かなければならない種類の問題のように思います。

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地元神社の靖国神社遙拝所続報&護国神社の祠(初詣) [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 遅ればせながら「あけましておめでとうございます!」
 「本年も昨年に引き続き、よろしくお願い申し上げます!」

 

 さて、一昨日、女房の実家がある米子から愛知に無事に帰り、昨日地元の神社に家族で初詣に行ってきました。
(元旦に米子の神社を幾つか回りましたが、気持ちの上では地元の神社が初詣という感じです。)


 昨年6月に、地元の神社の靖国神社遙拝所が物置になっているという記事を書いたこともあり、今年最初の記事は「靖国神社遙拝所のその後」と「護国神社の祠」「我が家の初詣」と言うことで書かせていただきます。

  昨年6月の地元神社の靖国神社遙拝所

山本大成 「かわら屋の雑記帳」地元の神社の靖国神社遙拝所
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2006-06-24


 昨日の初詣では、昨年と同じように「靖国神社遙拝所」は物置代わりに使われており、相変わらずだと、とても嘆かわしく思いました。
(今年は一輪車が立てかけてあるなど、一層ひどい状態でした)

 例年のように、
「おばあちゃんのお父さんが昔、私たちのために自ら戦地に赴いて戦ってくれたんだ!」
「そして亡くなってしまったけど、神様になって私たちを見守ってくれているんだよ!」
と子供達に話してお参りしようとしたら、神社総代(知り合いです。いつか話そうと思ってはいたもののなかなか機会がありませんでした)が、たまたま歩いてくるではありませんか!?

 お参りを中断し、意を決し
「靖国神社の遙拝所が物置に使われているのはおかしいのではありませんか?」と話しかけたところ、

「今まで気がつかなかった、確かに指摘の通りだ!」
「直ぐになおさせる!」との心強い返事。
即座に神社の関係者を呼んで、掃除していただきました。

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先月「東條由布子氏の講演会」に行ってきました [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 いささか旧聞には成りますが、先月 東條英機元首相の孫娘、東条由布子さんの講演を聴く機会がありました。

 東條由布子さん

 『祖父東條英機「一切語るなかれ」』(文春文庫)など著作を数冊読んでいたこともあり、講演の内容については私にとって特に目新しいことはありませんでしたが、一つ心に残るエピソードの紹介がありました。


 この講演会は、小牧青年会議所のメンバーが地域の子供達に歴史について考えて欲しいとの思いで設営された講演会だったのですが、
最初、何の面識もコネもない小牧青年会議所のメンバーが東条由布子さんと初めて接触しこんな講演会をやりたいとのオファーをした際、東条由布子さんはこう速答されたそうです。

「私は、若い人たちに話を出来る場を作っていただけるのならば、どこへでも行きます!」


 本来歴史というものは、学校や書籍で学ぶ知識や理屈の上だけのことではなく、実際それを経験してきた身の回りの人たちによる世代間の伝承(祖父母の体験談・家系伝説なども含みます)や感想・時代の気分とリンクして、初めて自分自身のものとして考えられるのだと思います。

 私は現在40代前半なのですが、私自身そういった話をほとんど聞いたことがありませんし、自分自身が知らないので次の世代に伝えることも出来ません。

 東条由布子さんの史観や、最近いろいろなところで話をされている内容については、様々な意見があろうかと思いますが、「どこへでも話をしに行きます!」の言葉には深く感じるものがありました。

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「国民の祝日」って国民のもの?(勤労感謝の日に思う) [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 今年5月から、自分の長男に日本の男の子という感じを少しでも伝えようと、旗日には玄関先に日の丸を掲げるようになりました。

  我が家の日の丸

山本大成 「かわら屋の雑記帳」旗日には、日の丸を揚げねば!(屋根には瓦、庭には鯉のぼり、旗日には日の丸)
http://blog.so-net.ne.jp/kawaraya-taisei/2006-06-19

 これまでやってきて、「旗日」「祝日」「祭日」について如何に自分が知らなかったのか?を思い知らされた数ヶ月でもありました。

 

 まず、ハッピーマンデーに大きく疑問を持ちました。

 意味があってその日に設定された「旗日」を、なぜその年の週回りによって勝手に変えてしまうのか?

 確か記憶によると連休を意図的に作ることによって、当時諸外国からウサギ小屋の仕事中毒と揶揄された日本人に連休の機会を増やそうとの意図だったかと思いますが、これはそれぞれの祝日の意味を失わせ、単なる休日に過ぎなくするだけのもののような気がします。

 果たしてハッピーマンデーに国旗を掲げるべきか?、それとも本来の意味のある昔の祝日に国旗を掲げるべきか?迷ったことも一度や二度ではありませんでした。

 

 そして、「国民の祝日」という呼称のおかしさにも気づかされました。

  本来「旗日」は国家の「祝・祭日」であって、国家にとって記念すべき日を定め、国民皆ががその日を祝い祭るためにあるのであって、国民のためにあるものではない。
 それなのに、一般的には国が国民のために定めた「休日」と言う認識が蔓延しているかのように思われます。

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8月15日に某インターで日の丸の半旗 [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 お盆休みに、女房の実家の鳥取県の米子に行っていました。
 
  例によって、夏の帰省渋滞と真っ向勝負。

 止めどなく続く車の列と、子供たちの「もうすぐ米子じいちゃんの家に着くのー?」「車から降りたいよー」の大合唱と闘いながら、行きは8時間、帰りは早目の時間に出発し6時間で、無事に帰り着きました。

 さてその帰り道、もうすぐ愛知県に入る長島パーキングで休んでいて、併設のインターチェンジ事務所の建物に、「日の丸の半旗」が掲げられていました。

 高速道路の事務所やパーキングは、国民の祝日に日の丸を掲げているところと、掲げないところがあり(と思います?)、どういう基準でやっているのかかねがね疑問に思っていましたが、半旗を見るのは初めてでした。

 自分自身、家に日の丸を掲げることを実行するようになりましたが、終戦の日に日の丸を掲げることには正直違和感がありました。
 
 我が家の「日の丸」
 
 家に帰って調べてみると、終戦の日には半旗を揚げるようにとの公的機関に対する厚生省よりの通達が有ったではありませんか?

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「憲法改正」について思う事 [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 このBLOGにしては、すこし(かなり)重めのテーマですが、ご容赦ください。

 多少思うところがあり、このテーマを選びましたが、右にも左にも寄っていない、普通の社会人の常識として書いたつもりです。

 願わくば、最後までお付き合いくださいませ!
 
 
 私は予てより、「改憲=右」「護憲=左」という見方に大きな疑問を持っています。
 
 そんな簡単な枠組みではなく、「自衛隊も持ってはいけない旨を憲法で明記する」「国民の私有財産を認めず共産主義を国是とする」という改憲論者や、「現憲法の枠組みでも解釈で集団的安全保障は認められる」から憲法は変えない方がよいという護憲論者だって、当然存在しうるわけです。
 

 
 私は憲法改正で最大のポイントは、憲法9条でも他の条文でもなく、改正手続きだと考えています。
 

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「愛国心」「アイデンティティ」の源泉は『情』!? [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 私は「愛国心」や「アイデンティティ」「ナショナリズム」というものは、理念やイデオロギーではなくて人間として本来持っている「情」に即したものではないかと考えています。

 すなわち、世界有数の経済大国であり、○○や○○などの歴史を持ち、思想・文化が素晴らしく、○○○など優れているから“素晴らしい国”なのであり、だからこそ「愛国心」や「アイデンティティ」を感じるのではなく、  もっと純粋に「日本に生まれ、日本に育ったから、自らの属する日本に対して愛国心やアイデンティティを感じる」のであって、「後付けで素晴らしい理由を探したら、歴史や、国際的な地位や、思想文化があったに過ぎない」のではないか?ということです。

 人間誰しも、「自分自身」を愛する気持ちがあると思います。  そして、自分自身が属する「家族」や「地域」にも、他とは違った愛情を感じているはずです。  その延長線上には、出身地に対する「自分の県」や「国」に対する思いも、自然な情念として育っているのが普通ではないでしょうか? (『情』を基調とした「自己愛」の延長線上に「家族愛」「地域愛」や「愛国心」があるのではないかという意味です。)

「もし日本が情けない国だったら愛国心を感じないか?」自問自答してみてください。

 現に私は、日本に生まれずどこかの弱小国に生まれたとしても、その国に対してアイデンティティを感じるであろうと思っています。

 また、日本が素晴らしい国であって欲しいという願望から、どう素晴らしい国かを納得したい思いで、本や新聞・雑誌、はたまたNETなどのメディアを使って、情報の取捨選択を知らず知らずしているのではないか?と、自分自身に対して疑念を持つ瞬間さえ有ります。 (情報が巷に満ちあふれており、好きな情報のみを、いかようにも取捨選択することが出来ます)

 「韓国・北朝鮮や中国に、もし生まれていればどうでしょう?」

 おそらくは、自分の生まれた国に「アイデンティティ」を感じ、素晴らしい国であって欲しいという思いからメディアに流れる情報の中で自分に都合の良い情報を取捨選択し、今の私たち日本人から見れば常識外れのことを唱える一人になっているような気がします。 (自分にとって居心地の良い情報や論理を捨て去ることは、そう簡単にはできません。)

 

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「金美齢さん講演会」に行ってきました [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 先月初め、金美齢さんの講演会を聞く機会があり、いくつか印象に残る言葉がありました。
(公演会場で買った本を読み終えてから書こうと思っていたのですが、意みたい本を何冊か抱えておりなかなかはかどりません。読了後、書評でもう一度書くかもしれません?)

① 『日本に生まれたと言うだけで幸せだと言うことを、日本は教えていない!』

 「世界中に国や人間はたくさんあるが、日本人ほど幸せな人はほとんどいない。」
 「食べることに困るわけでもなく、明日の命を心配する必要もなく、どんな人でも教育も受けることができ、自由に自分の意見を言うことが出来る。」

 「日本に生まれたと言うだけで、もうすでに勝ったようなものだ!」と、蔣介石時代の台湾で白色テロを受け、国外退去せざるを得なかった自らの経験もふまえて、語られていました。

 そして、「日本は、ここに生まれたと言うだけで幸せであるという事実を、子供たちに教えていない!」との言葉が激しく心に突き刺さりました。

(貧困国との比較は勿論、近隣諸国と比べてもこの違いは明らかではないですか! 「私は、日本に生まれて良かった!」、誰に聞いてもこの事実に異論を挟む人はいないはずです。何故この視点に気がつかなかったのだろう?)

 日本人であることが幸せだという認識がなければ、日本が「非常によい国」だとの愛着も持つことが出来ないし、「現在の幸せな日本」を作った先人たちに感謝することも出来ません。

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満州について(ミュージカル李香蘭に関連して) [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 「ミュージカル李香蘭-名古屋公演」を観に行くのに、自分なりにもう少し歴史を整理しておきたいとの思いで、何冊か本を読みました。
 いくつかわかったことがあり、思いを新たに出来た部分もありましたので、浅学な私にはとても重い内容だとは思いつつも、ここで書かせていただきます。

満州裏史―甘粕正彦と岸信介が背負ったもの

満州裏史―甘粕正彦と岸信介が背負ったもの

世界史のなかの満洲帝国

世界史のなかの満洲帝国

  • 作者: 宮脇 淳子
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2006/02
  • メディア: 新書

 今回勉強するまでは満州は自分にとってよくわかっていなかった部分で、またいわゆる司馬史観の影響なのか日露戦争以後の日本(特に関東軍・大陸での日本人)は悪人の集まりと言う先入観で、当時の日本政府に対する関東軍の横暴に対し単純に許し難い思いを持っていました。

 しかし今回、関東軍には日本軍の一支隊という要素だけではなく満州国のほとんど唯一の軍隊であるという側面がわかり、日本国としては納得いきがたい独自の行動も満州国という視点から見たときには理解できる部分がいくつかあることがわかりました。
(ちょうど明治維新の際の官軍のようなもので、各藩が出身母体であるけれどもあくまでも「官軍」であり、時としては出身藩の意向に逆らう事もある。それによって明治維新を成立させ廃藩置県まで実現した。時としては萩の乱や西南戦争など本来所属するはずの出身藩との戦争まであった)

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旗日には、日の丸を掲げねば!(屋根には瓦、庭には鯉のぼり、旗日には日の丸) [旗日には「日の丸」を掲げよう]

 今年4月、初節句の長男:立夏の為にと、女房の実家から大きな“鯉のぼり”をいただきました。

我が家の近所では、ほとんどの家で“ベランダ鯉”や“内飾り”で済ませているようで、“鯉のぼり”を上げる家がほとんど数えるほどしか無くなってきています。

 早速上げねばと、あらかじめ設置しておいた鯉のぼりポールに設置し、私の父からもらった“武者のぼり”と一緒に上げると、やはり壮観。娘と共にいつまでも眺めていても飽きることがありません。「端午の節句はやはりこうじゃなくちゃぁ!」と、一人悦に入っておりました。

 
 天気の良い日に毎日“鯉のぼり”を上げていて思ったのは、長男に『日本の男の子!』という感じを少しでも伝えるにはどうすれば良いか?と言うことでした。
(所詮、親に出来るのは「善悪の判断基準を教える」のと「子供時代の原風景を記憶の襞に残してやる」くらいしかできないと考えていますので....。)

 そして自分自身の子供時代の記憶をたぐり寄せると、やはり勇壮に風に泳ぐ“鯉のぼり”と、端午の節句に街のそこかしこに掲がっていた“日の丸”の姿が脳裏に浮かんできました。

 「そ・そうだ!、“日の丸”だ!」「“日の丸”を掲げねば!」

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